フランスの子どもたちには、幼い頃から欠かせないものが二つある。
Doudou(ドゥドゥ)――いつもそばにいる小さなぬいぐるみ。 家族よりも長く一緒に過ごす相棒で、保育園や幼稚園にも欠かさず一緒に登園する。
そしてもうひとつ、Tétines(テティン)――おしゃぶり。 多くの子どもがこれを手放せず、3歳を過ぎてもまだ使い続ける子も少なくない。
親はやめさせようと必死で、子どもはやめまいと必死。
どちらの気持ちも痛いほどわかる、静かな攻防戦だ。
そんなある日、心がほっと温まる出来事があった。
娘の親友 Lily(リリー) のママから、あるメッセージが届いた。 「ちょっとお願いがあるの」と。
聞けば、Lily が使っているおしゃぶりを、
私の次女 Amélie(アメリ) に譲りたいという話だった。
最初は意味がわからなかった。
けれど事情を聞いてみると、そこにはLilyなりの物語があった。
どうしてもおしゃぶりをやめられないLily。
けれどLilyのママはこう思いついたのだという。
「Leyla(レイラ)の妹のAmélieは、おしゃぶりを持っていない。
Leylaのママとパパが困っているんだって。
だからLilyのおしゃぶりをあげたら、みんな喜ぶかもしれない。」
――そう言うと、Lilyはついにおしゃぶりを手放す決意をした。
“誰かのために”という気持ちが、彼女の心を動かしたのだ。
放課後、公園で待ち合わせをした。
駆け寄ってきたLilyの手には、小さな袋。
中には、彼女がずっと大切にしてきたおしゃぶりが入っていた。
「これ、Amélieにあげるの。」
そう言って見せた笑顔は、まるでひとつ大人になったみたいに輝いていた。
私は思わず一世一代の演技をした。
「本当に?ずっと探してたけど、いいのが見つからなくて!ありがとう、Lily!」
Lilyは満足げに頷いて、 また娘のLeylaと笑いながら遊びに戻っていった。
思えば、Leylaもかつてはおしゃぶりを手放せなかった。
我が家では、私の母が「強硬手段」に出た。
ある日辛いものを食べて、辛いということを認識した時に
突然、「おしゃぶりが辛くなっちゃったの!」と嘘をついて、
使えない状態を作ってしまったのだ。
今となっては笑い話だけれど、あの時は必死だった。
でも、今回のLilyのやり方を見て、
「こんな素敵な手放し方もあるんだな」と心から思った。
私は何もしていないのに、
なぜか自分までいいことをした気分になった。
ちなみに――
Amélieは、生まれたときからおしゃぶりに全く興味がない。
正しい使い方さえ、たぶん知らない。
この秘密は、Lilyにはまだ内緒にしておこうと思う。
