はじめに
二月の朝、静かな光のなかで、娘が生まれた。
窓の外では曇り空がゆっくりと動き、空気はどこか冷たく澄んでいた。
フランスで迎えた初めての出産。
わからない言葉、異国の病院、そして自分の中で大きく変わっていく身体。
あの日感じたことを、少しずつ思い出しながら書いてみようと思う。
これは、フランスで無痛分娩を経験したひとつの記録。
出産を控えて《無痛分娩フランス》で検索しまくっていた日々
出産が近づくにつれ、期待よりも不安の方が大きくなっていった。
「無痛分娩 フランス」で何度も検索したけれど、日本語での情報はあまり多くなかった。
結局、自分が頼れるのは、病院で行われる母親教室のようなクラスだけだった。
フランスでは1時間半ほどの出産準備クラスが6回ほど無料で受けられる。
内容は助産師さんによってばらつきがあって、全てが学べるわけではないけれど、
出産の流れや使う器具の説明を受けられるのは心強かった。
夫と一緒に全ての回に参加し、なんとなく出産のイメージを掴んでいたけれど、
実際の出産はやっぱり少し違った。
それも含めて、ここに残しておきたいと思う。
6:50 出産の日は突然に
予定日の2週間前。
前日に胎盤の位置を確認するためにエコー検査を受けたばかりだった。
その翌朝、眠っていると、タラタラと水が流れる感覚がした。
トイレで確認すると「これ、羊水じゃないか」と思う。
夫に伝えると、助産師にもらったチェックリストを確認して、
「破水したらすぐ病院へ」と書かれているのを見つけた。
映画のような“ジャーッ”という破水を想像していたけれど、実際は静かなものだった。
病院に電話すると「すぐ来てください」と言われ、少し焦る。
そういえば、フランスと日本では妊娠何週目かのカウント方法が違うので、よく日本の友人に説明するときにややこしかった。
7:00ー8:00 病院へ向かう朝
一応シャワーを浴びて、昨夜夫が作ってくれたクレープを食べる。
「まだ早いんじゃない?」と夫は言ったけれど、念のため入院バッグを車に積んだ。
車の中では The Strokes の “Someday” が流れ、ふたりで大声で歌った。
まさか、その日の夜に娘が生まれるとは思っていなかった。
9:15 病院に到着。静かな日曜日
病院の中は日曜のせいか人が少なく、産科の救急外来だけが開いていた。
助産師が現れ、「破水してるか確認するね」と言った瞬間、羊水が流れ出し、
「もう見るまでもないわ、破水してる」と笑われた。
その時点で飲食は禁止。
朝ごはんをもっと食べておけばよかったと心底後悔した。
9:20 3cm開いた子宮口と、2時間の待機
子宮口は3cmほど開いていた。
「今日の夜か明日には生まれるね」と助産師が言った。
麻酔もできると言われたけれど、まだ痛みはそれほどでもなく、断った。
ところが、最後の血液検査を受け忘れていたことが判明。
麻酔を打つには結果を待たなければならず、2時間の待機が決まった。
自分の抜けっぷりに、思わずため息が出る。
9:30~12:00 陣痛と空腹と、ウォーキング
食べられず、麻酔もできず。
「歩くと出産が進みやすい」と言われ、病院の中と外を夫と歩き回った。
空腹と陣痛の合間に、他愛もない話をしながら。
「思ったより早かったね」「もうすぐだね」と、どちらともなく口にした。
血液検査の結果が出て、ようやく分娩室へ移動になった。
14:00 分娩室に到着
出産部屋は10部屋くらいあって、私の入った部屋は窓がなくて出産用の医療用ベットと洗面台とあとは旦那用のリクライニング付きの椅子だけの広い部屋だった。
部屋に着くと、男の人と女の人の助産師さんが待っててくれて、それぞれ笑顔で挨拶してくれて、「頑張ろうね〜」って話てる途中にフランス語がカタコトなのを感じて、「英語の方がいい?」ってすぐ聞いてくれて、英語の方がわかると伝えると「じゃあ英語で説明するね」と言ってくれて、これから麻酔師が来ることと、赤ちゃん産まれたら30分間裸で抱っこしてあげる事の説明受けた。
あと、母乳かミルクかどっちの予定か確認されて、一応母乳と伝えると初めは難しいから手伝うからね。助産師さんは本当に優しい。
12:40 麻酔師の登場と、静けさ
麻酔師の女性と男性アシスタントが颯爽と現れ、助産師の人が「英語で説明してあげて」と伝えてくれて、「もちろん!」と流暢に説明してくれて、「じゃぁ始めよう!」と。
私はというとベットの上であぐらをあぐらをかいて、麻酔師が腰の骨の位置を指で確認して、その後ブスッと刺されたけど大して痛くなくて、あっという間に足に水が流れる感覚がして、その後にはでっかいシールを腰に貼り付けられて、あっという間に麻酔終了。
麻酔は痛みを感じたら、自分で追加するボタンが付いていて30分に一回押せるシステムで下半身の痛みが遠のいていく。
文明の力ってすごい、と心の底で思った。
15:00 旦那が居ない間にプチ事件
旦那がちょっとひと段落したし、車に荷物取りに行くと言って出て行った5分後ぐらいに、別室でモニタリングをしてた助産師が焦った表情で現れて、ナースコール押して、「赤ちゃんの心拍が下がってるから、緊急帝王切開になるかも!」と言われて、いっぱい人が現れて、お腹押されたり、いろいろしてる間に心拍戻って旦那帰ってきて、びっくり。
15:20 ひと段落して昼寝
心拍戻ってひと段落して、陣痛やら麻酔やら何より腹が減って辛かったので出産後に何を食べるかひたすらUber eatsで検索。
画像見て余計お腹空いて、辛すぎて、昼寝をすることにした。
麻酔してるから痛みも何もなく、リビングのソファーに寝そべってるぐらいの感覚で昼寝、起きたら暇だからNetflixで当時ハマっていたピーキーブラインダースみたり、また眠気がきて昼寝。麻酔ってほんとすごい。
昼寝している間、一時間半に一回くらい助産師の人が大丈夫?と確認にきて、寝てる体勢変えるの手伝ってもらったりした。
17:00 子宮口が全開に
麻酔はしてるけど、微かに動きや痛みは感じることができて、陣痛が下の方で感じたので確認してもらったら子宮口が全開であと2,3時間で産まれるよーと告げられる。
チェックしてもらった後に痛みがきたので、麻酔師さん呼んで確認してもらって麻酔追加してもらって、更に自分でも追加し、また痛みが無くなった。
18:00 出産が近づく
助産師がきて、赤ちゃんの位置を確認して、「これだと大体19:00ぐらいに生まれるけど、促進剤追加してもう少し早い方がいい?」と聞かれて、え、時間まで決めれるのかと驚いたけど、それで大丈夫と伝えた。
18:30 出産の準備が始まる
助産師さんが二人きて、器具や私の体勢を整えたり出産に向けての準備が始まって、同時にイキむ練習をしようと言われて、説明通りにしてみたら…私の吸い込む息の量があまりに少なくて、隣にいる旦那が吹き出し…私もそれみて笑ってしまい、部屋に笑い声が響いた。これは本当に出産の瞬間なのかと戸惑うほどの暖かい空間だった。
赤ちゃんが正しい位置になったので陣痛促進剤を徐々に入れて、最終19時から分娩で大丈夫?って聞かれて了解と伝えた。
19:00 そして、出産の瞬間
促進剤を少し足して、呼吸とタイミングを整える。
「プッシュ!プッシュ!」という掛け声が響く中、(よくドラマや映画で見る、「吸って〜はいてー!」ではなくただただ押し続ける感じだった…)
15分後、小さな泣き声が部屋に広がった。
娘が胸の上に置かれた瞬間、
世界の音がすべて遠くなって、時間が止まったように感じた。
助産師が再度登場して、赤ちゃん綺麗にしてくれて、体重や身長を測って、授乳の仕方を説明してくれて、言われるがままに授乳。その後、落ち着いたら車椅子を押したナースの人が来て、病室に移動すると言われて車椅子に移動しようと思ったら、朝から大してご飯を食べてなかったせいか、貧血気味になってしまって、顔面に水スプレーをかけられて、気を取り戻し、病室に移動。
出産を終えて
初めてのフランスでの出産は、思っていたよりもずっと穏やかで優しかった。
助産師も医師もみんな親切で、言葉が完全に通じなくても不安はなかった。
その後の入院生活や授乳は簡単ではなかったけれど、
あの日の体験は今も鮮明に覚えている。静けさも、あの空気の冷たさも。

おわりに
出産はひとりひとりまったく違う。
でも、どんな形でも、その瞬間は特別だと思う。
この記録が、これからフランスで出産を迎える誰かの背中を
少しでもそっと押せたらうれしい。
